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山窩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Template:Mergeto 山窩(さんか)は、サンカの漢字表記の一つである。

目次

[編集] 概要

山家三家散家とも表記される。地方によってはセケンシ、ケンシ、アフリア、ミナオシ、テンバなどと様々な呼ばれ方をされていて、生業や生活形態は多岐にわたる。「山窩」は、官憲の犯罪者対策や戦前の大衆小説などに用いられた蔑称的表記であり、公平性を期するには片仮名で表記されるべきである。「山窩」の表記は、明治大正期に「セブリ」、「ドヤ付」、「家持」と呼ばれた非定住の虞犯性が高いと官憲に目された不特定の人びとを指すことばとして警察の内部において隠語的に発展したものだと考えられる。ちなみにセブリは「瀬降り」と言い、ミナオシ、テンバなどが用いていた生活道具であり、セブリサンカには、犯罪性がなかったことは、あきらかにされている。セブリという言葉は、サンカが行った祓いの儀式の歌にも出てくる。

駈け漏て 居附の  (カケモリテ イツキノ)
瀬降に 瀬降て   (セブリニ セブリテ)
海魚捕て 生活きす (ウナトリテ イノチキス)

「山窩」の表記を虞犯性が高いと目されていた事実を抜きに語ることは妥当ではない。

サンカということばは、江戸時代末期(幕末)の広島を中心とした中国地方の公文書に初めてあらわれ(それより以前にことばの出現を主張する意見もある)、第二次大戦前には大衆小説を通し「山窩」として広く知られ、戦後には、映画『瀬降り物語』や、五木寛之の小説『風の王国』などによって再認知された。その初期から犯罪者予備軍、監視および指導の対象者を指すことばとして用いられたことが、三角寛小説での山窩の描かれ方の背景となっている。またサンカを学問の対象として捉えた最初の存在と言ってもよい柳田國男やその同時代の研究者らも、その知識の多くを官憲の情報に頼っている。江戸時代末期から大正期の用法から見て、本来、官憲用語としての色合いが強い。虞犯性が特に高いと目されていた人びとは、社会構造の変化や官憲による摘発によって、他の単純な貧困層より早い段階(おそらくは大正期まで)にほぼ姿を消したと見る意見もある。

[編集] 参考文献

  • 飯尾恭之『サンカ・廻游する職能民たち-尾張サンカの研究-実証編』(『サンカ学叢書』第2巻)、批評社、2005年2月。ISBN 978-4-8265-0416-4
  • 飯尾恭之『サンカ・廻游する職能民たち-尾張サンカの研究-考察編』(『サンカ学叢書』第3巻)、批評社、2005年3月。ISBN 978-4-8265-0418-8
  • 沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』、文藝春秋、2001年11月。ISBN 978-4-16-357940-5(のち、文春文庫に収録、2004年11月刊。ISBN 978-4-16-767926-2
  • 礫川全次『サンカと説教強盗-闇と漂泊の民俗史』増補版、批評社、1994年12月。ISBN 978-4-8265-0182-8
  • 礫川全次『サンカ学入門』(『サンカ学叢書』第1巻)、批評社、2003年10月。ISBN 978-4-8265-0379-2
  • 礫川全次『サンカと三角寛-消えた漂泊民をめぐる謎』(『平凡社新書』294)、平凡社、2005年10月。ISBN 978-4-582-85294-3
  • 筒井功『漂泊の民サンカを追って』、現代書館、2005年7月。ISBN 978-4-7684-6902-6
  • 筒井功『サンカ社会の深層をさぐる』、現代書館、2006年10月。ISBN 978-4-7684-6939-2
  • 筒井功『サンカの真実三角寛の虚構』(『文春新書』533)、文藝春秋、2006年10月。ISBN 978-4-16-660533-0
  • 利田敏『サンカの末裔を訪ねて-面談サンカ学-僕が出会った最後のサンカ』(『サンカ学叢書』第4巻)、批評社、2005年11月。ISBN 978-4-8265-0433-1
  • 三浦寛子『父・三角寛-サンカ小説家の素顔』、現代書館、1998年9月。ISBN 978-4-7684-6737-4
  • 『サンカ-幻の漂泊民を探して』(『Kawade道の手帖』)、河出書房新社、2005年6月。ISBN 4-309-74003-0

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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