四国中央市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
四国中央市(しこくちゅうおうし)は、愛媛県の東端に位置し、四国3県に接している市。
2004年4月1日に愛媛県の東端に位置する川之江市(かわのえし)・伊予三島市(いよみしまし)・宇摩郡土居町(うまぐん どいちょう)・宇摩郡新宮村(うまぐん しんぐうむら)が合併して生まれた。
発足時の人口は約9万6000人。市名に関して賛否両論があり、これは下記に示す。
目次 |
[編集] 地理
高速道路が交差する交通の要衝であり、60km 南に高知市、70km 北東に高松市、80km 西に松山市、100km 東に徳島市が位置する。高速道路網の整備により、川之江ジャンクションと川之江東ジャンクションを持ち、四国の「エックスハイウェイ」が交差する中心地となっている。
市の南部に東西に連なる法皇山脈の山々が屏風のようにそそり立っている。平地は山地の北側に細長く展開し、北は燧灘に面している。中央構造線が山すそに沿って、東西に走っている。法皇山脈の南側に吉野川の支流の一つである銅山川が東流し、そのさらに南には高知県との境をなす山々が連なっている。
- 山: 峰畑山、塩塚峰、三傍示山、佐々連尾山、赤星山、翠波峰、西赤石山、東赤石山など
- 河川: 銅山川、金生川、関川など
- 湖沼: 金砂湖(柳瀬ダム湖)、法皇湖(富郷ダム湖)
- ダム: 新宮ダム、柳瀬ダム、富郷ダム
[編集] 気候
全般には温暖で穏やかな瀬戸内型気候に属するが、北に海(燧灘)、南に山(法皇山脈)という地形から、日本海側気候の特徴が若干加味される。
- 年平均気温 15.9℃(三島)
- 年平均降水量 1321.1mm(三島) 1910.7mm(富郷)
- 年間日照時間 1602.2時間(三島)
瀬戸内の他の都市(松山、高松など)に比べて、日照時間が2割程度少ない。これは平野部が狭く、燧灘を吹き渡って来た風が法皇山脈にぶつかり上昇して雲を発生させやすいためである。移動性高気圧型のときに顕著で、午前中はほとんど曇っており、気温が上がる昼前になってようやく雲が消え晴れてくる。同じ燧灘に面している新居浜や西条は平野部が広いため日照時間が長い。
平野部は気温が下がりにくい。冬の最低気温は松山や宇和島より高く、冬日は1年に1~2回程度である。これに対し山間部の新宮町や富郷町は冷え込みが厳しい。また、山間部には湿った空気が集まりやすく、降水量が平野部の1.5倍に達している。
春先を中心に、やまじ風という南寄りの突風(日本三大局地風の一つ)が吹き、農作物や家屋が被害を受けることがしばしばある。
[編集] 歴史
[編集] 有史以前
- 市域で発見された遺跡から、この地方に人が住みはじめたのは1万2000年以上前と考えられる。最初に人が住んだのは金生川流域の丘陵地帯で、その後縄文時代から弥生時代にかけて海岸の平野部に生活の範囲が広がっていった。
- 古墳時代には前期から中期の古墳は見つかっておらず、古墳時代後期の6世紀になってから丘陵地帯に古墳が作られるようになった。急峻な山地と狭く長い平野のため、大きな権力を持つ社会の形成は遅かったようである。
[編集] 宇摩郡の成立
[編集] 交通の要衝
- 戦国時代になると、四国でも産業が発展し各国の交流が増加した。それに伴い、交通の要衝として戦略的に重視されるようになった。3つの国境に接する市域の東部では特に防衛のための砦が多く築かれ、現在もいくつかの遺跡が残されている。
- 金生川の河口は川の江と呼ばれ、河口付近の浅瀬を港として利用されるようになった。江戸時代に入ると土佐街道の始点として商業が発達し、港町として発展した。
- 1985年3月に、四国で初めての高速道路が開通した。(土居インターチェンジ~三島川之江インターチェンジ)
- 2000年3月に、川之江東ジャンクションの供用開始により、川之江ジャンクションと併せて四国の「エックスハイウェイ」が完成する。
[編集] 明治維新以後
- 明治維新後、交通手段が徒歩から船や鉄道に変わると、川之江の交通の要衝としての重要性は相対的に低下し、地理的に宇摩郡の中心に近い三島が商業地として発展した。三島に当地域を管轄する税務署、簡易裁判所、労働基準監督署、警察署などの国の機関や愛媛県の出先(伊予三島庁舎)が置かれるなど、宇摩地区の行政の中心となっていった。
- 1954年 宇摩郡の各町村が合併し、川之江市、伊予三島市、土居町、新宮村、別子山村が誕生した。
- 2003年 別子山村が隣接する新居浜市に合併された。
[編集] 四国中央市の成立
[編集] 行政
[編集] 行政組織・行政課題等
- 市長
- 庁舎
- 旧伊予三島市庁舎を本庁舎としている。合併協議の段階で、庁舎の位置が難関となり、この問題をこじらせると合併そのものが成就しない恐れすらあったため、新市にて改めて検討することとし、事実上決定を「先送り」した経緯がある。(過去、川之江市と伊予三島市との間で何度も合併話が持ち上がったが、庁舎の位置問題が最大の難関で、結局、合併話そのものが流れてしまったこともあった。このため、庁舎の問題については極めてナーバスな問題であった。)
- 行財政改革
- 職員の給与見直しに愛媛県内市町では初めて踏み込んだ。広報紙への広告掲載、自治条例制定など先進的な施策に愛媛県内では先頭を切って取り組んでいる。
- 2006年2月、庁内公募制の導入
[編集] 合併の経緯
- 1965年 8月 市町村議会議員を中心に「宇摩市町村合併促進調査研究協議会」が設立されるも自然消滅。
- 1969年 8月 川之江市・伊予三島市で「合併研究連絡協議会」が発足。新市名、事務所の位置など未決定ながらも、翌年3月に報告書を提出し、解散。
- 1986年 3月 篠永伊予三島市長が議会で宇摩合併を提唱。
- 1986年10月 伊予三島市役所の庁内組織として宇摩地域合併協議会を設置、検討開始。
- 1988年 この頃から青年会議所の広域的活動が活発化。
- 1988年 3月 宇摩地域合併協議会「大同団結への提言」報告書を提出。
- 1995年 5月 青年会議所を中心とした青年7団体からなる「宇摩合併研究会」が発足。
- 1997年11月 川之江・伊予三島青年会議所が統合し「法皇青年会議所」に。
- 1998年10月 宇摩合併研究会が西田自治大臣及び自治省鈴木行政局長を招き合併シンポジウムを開催。
- 1999年 5月 宇摩合併研究会が「新宇摩合併研究会」となる。
- 2000年 6月 新宇摩合併研究会が宇摩全域の市町村長、県議会議員、市町村議会議員総勢92名に記名式公開アンケートを実施、結果を8月20日頃に新聞折り込みで全戸配付(回答数40)
- 2000年 9月 宇摩5市町村首長会談。「合併は避けられない問題」との共通認識のもと、助役級による「合併検討委員会」の設置を決定。
- 2000年11月 宇摩5市町村議会からなる行政研究懇談会が、各議会において早期の特別委員会設置に努力する旨を申し合わせ。
- 2000年12月 合併検討委員会が5回の会議を経て、任意の合併協議会設置を求めた報告書を提出
- 2001年 1月 宇摩5市町村首長会談。任意の合併協議会及び設立準備会の立ち上げに基本的合意がなされる。
- 同 行政研究懇談会。各議会において合併に関する特別委員会の結成を申し合わせる。
- 2001年 2月 5市町村のうち、別子山村議会が全会一致で合併先を新居浜市と決定。宇摩合併から離脱、2市1町1村の枠組みが事実上決定。
- 2001年 3月 宇摩4市町村首長会談。4月中旬の合併協議会設立が決定される。
- 同年3月議会 各議会の合併関連特別委員会並びに全員協議会において、合併協議会設立に関して説明、了承を経て協議会の発足に至る。
- 2001年 4月 第1回宇摩合併協議会(任意協議会)開催
- 2002年 5月 任意協議会「勝ち抜く宇摩を目指す手段として一日も早い法定協議会の設置が望まれる」旨の報告書。任意協議会としての協議を終える。
- 2002年 7月1日 法定合併協議会第一回会合(以降全17回の協議会を経る)。2004年4月1日合併を目指す。
- 2002年 9月1日 新市名称案を全国公募(同年10月15日まで)
- 2002年12月2日 新庁舎問題、候補地を国道11号沿いなど3ヵ所に絞り、新庁舎建設まで現在の伊予三島市役所を仮庁舎とする」ことで最終的に合意
- 2003年2月14日 第7回協議会において投票により、5候補中、過半数を得て、新市の名称を「四国中央市」と決定。
- 同 在任特例期間を1年11ヶ月と決定。
- 2003年7月~8月 新市名の再考を求める活動活発(12,460名の署名集まる)
- 2003年 8月22日 第14回協議会。新市名称の再検討を求める要望書について、再検討を行わないことを決議。合併協議書案を承認。
- 2003年 8月28日 合併協定書の調印式
- 2003年 9月22日 各市町村の議会で、廃置分合(合併)関連の議案可決
- 2003年10月3日 4市町村長が愛媛県知事に合併申請書を提出
- 2003年12月18日 愛媛県議会において、廃置分合(合併)に係る議案可決、県知事の決定
- 2004年 1月15日 官報告示(総務省告示第9号)
- 合併協議会のホームページその他資料を参考に作成
[編集] 国の主な行政機関
- 財務省伊予三島税務署
- 財務省神戸税関新居浜税関支署三島出張所
- 法務省伊予三島区検察庁
- 法務省松山地方法務局伊予三島支局
- 厚生労働省四国中央公共職業安定所
- 国土交通省四国地方整備局松山港湾・空港整備事務所三島川之江事務所
- 海上保安庁今治海上保安部三島川之江分室
- 伊予三島簡易裁判所
- 水資源開発公団新宮ダム管理所
- 水資源開発公団富郷ダム管理所
[編集] 県の主な行政機関
- 愛媛県四国中央保健所
- 四国中央警察署
- 高速道路交通警察隊川之江分駐隊
- 愛媛県森林管理署土居森林事務所
- 愛媛県紙産業研究センター
- 愛媛県銅山川発電所
- 愛媛県銅山川第3発電所
[編集] 経済
[編集] 工業
製紙、紙加工業において日本屈指の生産量を誇り、紙製品の出荷額は全国一。 その他を含めた工業製造品出荷額は約6,000億円余りと、高知県全体の工業製造品出荷額(5,400億円)を凌いでおり、四国では西条市に次ぎ第2位、全国では第101位となっている。 大王製紙やユニチャームの上場企業をはじめ、複数の企業が本社や本部を置いている。また中堅の製紙メーカーも複数所在している。
[編集] 商業
大型商業施設にはジャスコやフジグランなどがある。 また、地元スーパーチェーン店のママイをはじめ、食品スーパー、ドラッグストアー、ホームセンター、家電量販店、書店など県内外の企業が出店している。 栄町商店街、伊予三島駅前商店街、土居町商店街などの商店街もある。
近年、高速道路が四国中央市を中心に放射線状に延伸したことで、三島川之江インターチェンジ周辺の立地条件が見直され、付近への商業集積が著しくなってきている。それに起因してか、四国中央市の小売業商品販売額も3,600億円余り(四国第6位)になるなど、新たに商業都市としても発展が期待されている。
[編集] 保険業
- 日新火災海上保険株式会社 伊予三島支店
[編集] 金融業
- 本店を置く信用金庫
[編集] 産業人口
[編集] 本社を置く企業
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
中国・宣城市
[編集] 地域
[編集] 教育
|
|
|
|
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
[編集] 四国旅客鉄道(JR)
[編集] 路線バス
[編集] 道路
[編集] 松山自動車道
- インターチェンジ
- サービスエリア・パーキングエリア
- 三島川之江インターチェンジと土居インターチェンジ間は、四国で最も早く1985年3月27日に供用が開始された。それを記念して、松山自動車道沿いにある三島公園には、「四国高速道路発祥の地」と記された記念碑が建てられている。
[編集] 高知自動車道
- ※川之江方面のみ。高知方面は、立川パーキングエリア(「たぢかわ」と読む)が高知県長岡郡大豊町にある。
[編集] 高松自動車道
[編集] 一般国道
[編集] 都道府県道
- 愛媛県道5号川之江大豊線
- 愛媛県道6号高知伊予三島線
- 愛媛県道9号大野原川之江線
- 愛媛県道13号壬生川新居浜野田線
- 一般県道
- 愛媛県道121号川之江停車場線
- 愛媛県道122号川之江港線
- 愛媛県道123号金生三島線
- 愛媛県道124号上分三島線
- 愛媛県道125号伊予三島停車場線
- 愛媛県道126号上猿田三島線
- 愛媛県道127号伊予寒川停車場線
- 愛媛県道128号蕪崎土居線
- 愛媛県道129号伊予土居停車場線
- 愛媛県道131号別子山土居線
- 愛媛県道138号新居浜土居線
- 愛媛県道333号三島川之江港線
[編集] 港湾
- 東神戸−川之江−新居浜東港間に「バンパックフェリー」が一日2往復運航していたが、1998年に廃止された。川之江港参照のこと。現在大阪・神戸港と三島川之江港の間にコンテナ貨物航路が定期運航されている。
[編集] 名勝・旧跡・観光スポット・祭事・催事・名産
[編集] 旧跡
[編集] 名所
- 紙のまち資料館
- かわのえ高原ふるさと館
- 川之江浜公園パークゴルフ場
- 翠波高原
- 塩塚高原
- 霧の森
- 霧の高原
- 具定展望台(日本の夜景100選)
- 金砂湖、金砂湖畔公園
- 森と湖畔の公園
- 富郷キャンプ場、富郷渓谷
- スカイフィールド富郷
- 土佐街道、馬立本陣
- やまじ風公園
- 下柏の大柏(イブキ、国指定天然記念物)
[編集] イベント・祭事(イベントカレンダー)
- 1月1日 初日の出会(翠波高原)
- 4月上旬 桜まつり(三島公園、城山公園、向山公園)
- 4月上旬 疎水感謝祭(戸川公園)
- 4月上旬 フラワーフェスティバル(中央公園)
- 4月中旬 塩塚高原山焼き(塩塚高原)
- 4月中旬 菜の花まつり(翠波高原)
- 5月下旬 お茶まつり(霧の森)
- 6月下旬 あじさいまつり(新宮あじさいロード)
- 6月下旬 輪越し
- 7月15日 かわのえ夏まつり(川之江港)
- 7月25日 みなと祭り・天神祭り花火大会(三島港)
- 7月下旬 四国中央紙まつり(愛媛県紙産業研究センター)
- 8月上旬 湖水まつり(てらの湖畔公園・金砂湖畔公園)
- 8月下旬 コスモスまつり(翠波高原)
- 8月 土居夏まつり(関川ふるさと広場)
- 9月 土居のいもたき(関川ふるさと広場)
- 9月中旬 コスモス感謝祭(翠波高原)
- 9月下旬 新宮マス釣り大会(銅山川新宮橋周辺)
- 10月 収穫祭(霧の森)
- 10月中旬 塩塚鳥人間パラグライダー仮装フェスティバル(塩塚高原)
- 10月13日~15日 土居太鼓祭り(土居地区)、川之江太鼓祭り(川之江地区)
- 10月20日~23日 伊予三島太鼓祭り(三島地区)
- 11月中旬 産業祭・グリーンフェスタ(ジャジャうまフィールド)
[編集] 名産
- 梅錦(山川酒造)
- 柴田のモナカ(柴田モナカ本舗)
- ひうち焼き(丸亀屋)
- いわくら太鼓(菓子匠たつの屋)
- 千鳥まんじゅう(松声堂川之江屋)
- 百万両(白石菓子舗)
- 瀬戸の栗(甘元)
- 新宮茶(脇製茶場)
- 霧の森大福(霧の森菓子工房)
- 午後のチーズ(ゴトウ洋菓子店)
[編集] 有名人
[編集] 四国中央市出身者
- 森信雄(棋士)(旧伊予三島市)
- 尾藤二洲(儒学者)
- 深川正一郎(俳人)
- 矢代まさこ(漫画家)(旧伊予三島市)
- 鎌倉健(プロ野球選手 北海道日本ハム)(川之江町)
- 角川政志(競艇選手)
- 白川義員(写真家)
- 古田足日(児童文学作家)(旧川之江市)
- YU-KI(ユウキ)(歌手 TRFのメインヴォーカル担当)(三島中央)
- 高橋久美子(チャットモンチー ドラム)(土居町中村)
- 曽我部清典(トランペット奏者、現代音楽のスペシャリスト。スライドつきトランペット「ゼフュロス」の開発者としても知られる)(旧土居町)
- 帆風成海(宝塚歌劇団第93期生 雪組所属男役)
- 寺尾英子(南海放送アナウンサー)(旧土居町)
- 重森由佳(長崎国際テレビアナウンサー) (旧川之江市)
- 合田悟(ランクヘッドベース)(旧伊予三島市)
- 石川龍(ランクヘッドドラム)(旧川之江市)
- 白石稔(声優) (旧川之江市)
- 椎名あゆみ(漫画家)
- 村上親康(小説家)
[編集] 歴史上の人物
- 大西元武 阿波国三好郡大西郷の戦国武将。長宗我部氏に阿波国を追われてからは友好的であった石川氏の地元、川之江へ。上分の轟城を再建して居城した。長宗我部氏に着いた三島・松尾城の真鍋氏や野田氏と戦って敗れた。市内の大西神社や鉦踊りは大西氏ゆかりのものである。
[編集] 市が抱えている問題
[編集] 市名に対する批判
四国中央市はその名前の奇抜さ故に、市内だけでなく、全国的に批判の対象となる事が多い。市名が批判される理由として以下のような理由が挙げられる。
- 先走りしすぎたネーミング(道州制を先取りしたものとみられるが、四国内では議論も本格的に始まっているとは言いがたい)
- 地理的に四国の「中央」といえるか疑問。
- 合併協議会によって一方的に決定されたイメージが強い、最初の市民投票による新市名公募では第一位は「宇摩市」二位「うま市」三位「法皇市」、四位は「ひうち市」五位(最下位)四国中央市だった。また新市名決定後、住民から一万弱の反対署名があったにも関わらず、合併協議会は再考を検討しなかった
地元の郡名である「宇摩」を採用せず、四国から消滅させた理由について旧伊予三島市長の篠永善雄曰く、「若者が宇摩と言う名前は、馬のようで嫌だと言っている(実際はそのようなことは言われてはいない)」「宇摩の名前にどんな由来があるか、自分も含めて誰も知らない。そんな地元の歴史なんかにこだわる事は無い」「(自分の地元の)三島と言う地名には思い入れがあるので字名に残した」と言う趣旨の発言を読売新聞東京本社の取材に対して残している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
このページはウィキプロジェクト 日本の市町村のテンプレートを使用しています。
[[Category:日本の市町村のスタブ項目{{#if:|Template:!{{{1}}}}}]]
de:Shikokuchūō en:Shikokuchūō, Ehime es:Shikokuchūō (Ehime) it:Shikokuchūō ko:시코쿠추오 시 pt:Shikokuchuo ro:Shikokuchūō, Ehime tg:Шикокучуо zh:四國中央市

